わたしがつくる世界

悲しいニュースを観たり、聞いたりします。

自分の無力さ、不甲斐なさをもって、どうしたらいいのか。

物事に偶然はないと言います。

すべてが何か意味があり、受けっとた人にとって学びがあると。

私にとって、それは何だろう。

「世界(地球)」があります。

地球の大きさ、世界の国々の数、人口、人種、歴史、紛争、飢餓などの問題も、私たちは知ることができる。それは実際に見ていなくても、知識として。情報として。あるいは常識として。

これは二つの脳のうちの左脳が作る世界。

左脳は今までの情報から、世界を作ります。そして日々、アップデートしていく。

では、右脳の作る世界はどんなものでしょう。

たぶん。

どんな世界も創れるのだと思います。

その世界で、私は出演者ではなくて脚本家や演出家のように創っていく。

美しい世界がいいな、と思えば美しい世界を。

楽しい世界がいいな、と思えば楽しい世界を。

悲しいニュースから、何を学ぶのか。

私はそれを、自分が創るその世界を、どういうものにするのかを決める覚悟のようなものだと思うのです。

自分の望む世界が覚悟をもってあれば、今までの経験や情報を活かして、選択したり行動することができる。

右脳と左脳の共同作業で、世界をより良くできるかも知れない。

5歳の娘がシャボン玉で遊ぶとき、決まって

「虹みえるかなあ」

と言います。

全ての子供たちが、シャボン玉に虹をみつけることができる世界をわたしは創ろう。

その虹の美しさに大人も気付くことができる世界をわたしは創ろう。

あなたが望み、あなたが創る、どんな世界も、こころから応援しています。