変えられないものと、変えるべきもの

今年の夏は、映画をたくさん観に行きました。

とはいえ、むすめ11才主導権なので、

そのチョイス、わたしにはないな、というものも多い。

名探偵コナンに至っては2度も観た。(むすめは3度)

そんなこんなで、観に行った「きみの色」。

きれいな色の、アニメーション。高校生バンドのあったかいお話です。

その中で主人公の女の子が、学校の礼拝堂で祈ることばがとても印象的でした。

「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。」

彼女は祈る理由を、ただ平穏に過ごしたいからといいます。

そして特別に苦悩を持っているわけではない(と思う)。

さて、この、変えることのできないもの、とはなんでしょう。

物語の深堀ではなく、自分自身としてのお話ですが

私ならば、「私自身」かな。

何者かになれる気がしていた10代、20代。

何者にもなれない気がしてきた30代。

仕事もあり、子育てもして、家庭のさまざまも楽しい。

でも。

あれ?

どうしても埋まらない。

パズルのピースがちらほらと抜けているこの感じ。

そんな私の祈りに、とっても近いと思いました。

「今が充分であると、心の底から思う自分でいさせてください。」

映画では、その先の祈りの言葉があると教えてくれます。

「神よ。変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。

変えるべきものを変える勇気を、

そして、変えられないものと、変えるべきものを区別する賢さを与えてください。」

老子のいうところの「道」は、万物の原理。

私の腑に落ちるところでは、生まれてきた意味のようなものですが

それには、そのような流れがあるといいます。

その流れは、ただぼんやりと待つだけでも、

やみくもになって探すだけでも見つけられない。

どの流れが、自分のものか

どの流れが、自分が生きる意味なのか

それを見極めるために必要なのは、教養なのだと思うのです。

人はなぜ、学ぶのか。

本を読み、考え、集団生活ですったもんだを経験するのか。

それは、自分の生きる意味を

自分が何者なのかを知り、

進んでいくためなのかも知れません。

それは、

変えられないものと、変えるべきものを区別する賢さ。

そろそろ、その賢さとやらを

信じてみたくなってきた40代ー。

それに加え大切なのが

自分じゃありえない選択も、一回受け入れるおおらかさ。

(あきらめともいえるかもしれない)

むすめの付き合いでも、学べることはまだまだあるもんです。

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